日本コンクリート工学会

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2022年7月号

コンクリート構造物の構造・耐久性シミュレーションにおける検証と妥当性確認に関する研究委員会(JCI-TC202A)活動概要


はじめに

コンクリート工学分野では,シミュレーションによりコンクリート構造物の力学挙動や劣化現象を評価する試みが数多く行われてきました。これまでに,様々なシミュレーション技術が提案され,その結果が示される一方で, シミュレーションの妥当性を客観的に評価する方法は確立されていないのが現状です。現在,汎用プログラムが普及し,有限要素解析の中身がブラックボックス化しつつあるなか,技術者がこれらの特性や適用範囲を理解せずに使用すると,誤った結果を導き,思わぬ大事故を引き起こしてしまう可能性があります。このようなことを未然に防ぐには,シミュレーションの品質や信頼性を保証する取り組みが必要となります。

米国機械学会では,V&V(Verification and Validation:検証と妥当性確認)とよばれる数値シミュレーションの品質と信頼性を保証するための方法が,ASME V&V 10という規格でまとめられています。V&Vは,解析コードに誤りがなく,数値解析に含まれる数値誤差が十分に小さいことを検証するVerification(検証)と,各種の不確かさを定量化して,実現象(実験)に対するモデルの予測性能を確かめるValidation(妥当性確認)の2つで構成されています。線形問題にV&Vを適用することは難しくありませんが,コンクリートのような非線形性の強い材料に対してV&Vを適用するには,検証と妥当性確認の方法から,不確かさを評価する方法にいたるまで,数多くの課題があります。

本学会では2019年に「コンクリート工学におけるシミュレーションの検証と妥当性確認に関するFS委員会」(委員長:上田尚史・関西大学),2020年に「コンクリート構造物の構造・耐久性シミュレーションにおける検証と妥当性確認に関する研究委員会」(委員長:上田尚史・関西大学)を設置し,コンクリートに対する各種のシミュレーションに対して,検証と妥当性確認を行う方法について検討を重ねてきました。コンクリートの特徴である材料の不均一性に起因するばらつきに関して,シミュレーションにおける不確かさの評価方法や,実際の実験に含まれる不確かさの種類や大きさについての調査も実施しました。各種の不確かさを含む実験結果とシミュレーション結果に対して,統計的な指標を用いてシミュレーションの妥当性を示す方法を検討し,その適用性についても議論しました。
本稿では,3年間にわたる委員会活動の概要を紹介するとともに,本年8月に開催するオンラインシンポジウムについてご案内いたします。


委員会活動概要

本委員会では,主に実験WGと構造解析WGという2つのWGで具体的な活動を行いました。実験とシミュレーションを比較検討する際は,合同でWGを開催し,意見交換を行いました。実験,シミュレーションともに,WGの具体的な研究成果の一部は既に学術誌論文1)~4)に掲載されています。これらの研究成果は,各WGの活動報告とともにシンポジウムで報告される予定です。以下では,各WGの活動概要を簡単に紹介します。

■実験WG
鉄筋コンクリートはりの力学挙動には,ばらつきが生じることが知られています。実験結果がばらつく要因として,試験体の状態,試験機の違い,実験条件の違いなどが考えられますが,このような実験における不確かな要素は,実験結果が示される論文等には記述されないことがほとんどです。実験に対してシミュレーションを行い,シミュレーションの妥当性を確認するには,実験における不確かさをシミュレーションでも同様に考慮し,ばらつきの大きさも含めて実験結果と解析結果を比較する必要があります。実験WGでは基礎的検討として,実験における不確かさを極力減らし,挙動のばらつきが小さくなるような実験を実施することで,コンクリートに対するV&Vのベンチマークとなる実験結果を収集することとしました。

表-1 実験要因と供試体数の一覧
  基本供試体 せん断スパン比の違い せん断補強筋量の違い
せん断補強
筋量
0 0 0 0.36% 0.72%
a/d 3.2 2.4 4.0 3.2 3.2
供試体数 30 5 5 10 5
図-1 実験結果の一例(左:荷重-変位関係,右:a/d=3.2のひび割れ分布) img
図-1 実験結果の一例(左:荷重−変位関係,右:a/d=3.2のひび割れ分布)

曲げ破壊については既に実験済みであったため2),今回はせん断破壊型の鉄筋コンクリートはりを実験対象としました。表-1に,実験のケースと供試体数の一覧を示します。供試体の断面は,幅200mmであり,有効高さ250mmの位置にD22を3本配置した鉄筋比2.32の単鉄筋の鉄筋コンクリートはりとしました。せん断スパン800mm(a/d=3.2)の試験体を基本供試体とし,材齢と試験機関の違いによる影響を検討しました。さらに,せん断スパン比の違いとせん断補強鉄筋量の違いによる影響についてもそれぞれ検討しました。供試体は,すべてを1つの工場で製作し,供試体の状態が極力同じになるようにしました。なお,載荷時の材齢は,機関Aでは350日前後,機関Bでは270日前後,機関Cでは60日前後,機関Dでは300日前後です。

実験結果の一例として,機関Cで実施した実験結果の荷重−変位関係を図-1に示します。a/d=2.4のケースにおいて,最大荷重付近でややばらつきが大きいものの,全体的には荷重−変位関係,ひび割れ分布ともにばらつきは小さく,精度の高い実験が行えました。せん断スパン比の影響についても,ばらつきの小さい実験結果が得られました。せん断補強筋量の影響については,0.36%のケースでは大きな相違が生じなかった一方で,0.72%のケースでは大きな挙動のばらつきが生じました。別途実施した曲げ破壊型の鉄筋コンクリートはりの実験とともに,実験結果の詳細については報告会で報告する予定です。

■構造解析WG
構造解析WGでは,委員が普段使用している各自の解析コードを用いて,鉄筋コンクリートはりの曲げ破壊およびせん断破壊を例に,ASME V&V 10を実際に適用することについて検討しました。表-2に,解析に参加した委員(機関)と解析実施の一覧を示します。使用ソフトウェアにおいて,「自作」は個人管理の解析コード,「内製」は法人管理の解析コードを指しています。非線形性の強いコンクリートに対するV&Vの適用は簡単ではなく,また解析コードの種類によって容易に実施できることとできないことがあるため,ASME V&V 10の各項目をすべて実践できたわけではありません。

表-2 参加機関と解析実施の一覧
機関名称 A B C D E F G
使用ソフトウェア 自作 自作 自作 Diana 内製 内製 内製
曲げ破壊 検証 コード検証      
解析検証    
線形
 
線形
 
感度解析      
妥当性確認 不確かさ定量化      
せん断破壊 検証 コード検証              
解析検証              
感度解析      
妥当性確認 不確かさ定量化          

鉄筋コンクリートはりの曲げ破壊に対しては,機関Bが検証と妥当性確認の両方を実施し,曲げ破壊型の鉄筋コンクリートはりに対して,ASME V&V 10の適用が可能であることを示しました。その結果の一例を図-2に示します。左の図は,はり理論から導いた理論解に近い参照解3)とメッシュサイズの異なる有限要素解析の荷重−変位関係を比較しています。右の図は,15ケースの実験結果2)と材料パラメータの変動を考慮した100ケースの解析結果の荷重−変位関係を比較しています。鉄筋コンクリートはりの曲げ破壊では,材料の非線形性は生じるものの,はり理論の適用範囲であると考えれば,理論解に近い結果を導出することができ,これを利用すれば鉄筋コンクリートはりであってもコード検証や解析検証が不可能でないことを示しました。妥当性確認ついては,試験体毎の材料のばらつきを材料パラメータの変動として考慮した多ケースの数値解析(モンテカルロシミュレーション)により,不確かさ(ばらつき)を含む実験結果を再現し,統計的な指標を用いてシミュレーションの妥当性を示すことが可能であることを例示しました。ただし,多くの機関で検証または妥当性確認を行えておらず,鉄筋コンクリート部材にV&Vを適用することの難しさが示唆されました。

図-2 曲げ供試体に対する検証と妥当性確認 img
図-2 曲げ供試体に対する検証と妥当性確認

一方,せん断破壊型の鉄筋コンクリートはりについては,シミュレーションによる挙動の再現が容易ではないため,曲げ破壊型と比較して,実施できたV&Vの項目が少ない結果となりました。せん断破壊は,はり理論の適用範囲外であり,理論解や解析解を簡単に導出することができないため,コード検証および解析検証を行う方法について再検討する必要があります。妥当性確認においても,せん断破壊の場合は,曲げ破壊よりも実験結果と解析結果の相違が大きい傾向にあり,不確かさを定量化することが容易ではないことが示唆されました。せん断供試体に対する解析結果の一例を図-3に示します。ひび割れ分布の傾向はよく再現できていることがわかります。しかし,結果は割愛していますが,荷重−変位関係は最大荷重付近で実験とやや異なる挙動となりました。せん断破壊は,コンクリートの非線形性が強く現れる現象であり,コンクリートの数値解析に対するV&Vの適用については,今後引き続き検討が必要であると考えられます。

図-3 せん断供試体に対するひび割れ分布の比較例(左:解析結果,右:実験結果) img
図-3 せん断供試体に対するひび割れ分布の比較例(左:解析結果,右:実験結果)

曲げ破壊,せん断破壊ともに,具体的な実験結果と計算結果,およびV&Vを実際に実施した結果については,報告会で詳しく説明する予定です。


委員会シンポジウム

このたび,本研究委員会では,皆様に参加頂きやすいオンライン形式での下記のシンポジウムを開催いたします。委員会活動の成果をご報告するとともに,検証と妥当性確認(V&V)に関する特別講演,コンクリート工学におけるV&Vに関する一般論文・報告の発表もございます。ふるってご参加くださいますよう,よろしくお願いいたします。

■コンクリート工学におけるシミュレーションの検証と妥当性確認および不確かさ評価に関するシンポジウム
開催日時:2022年8月26日(金)13:00−17:00
配信方式:ライブ配信(Zoomウェビナー使用予定)
※翌日から1週間の録画の見逃し配信(オンデマンド)も用意します。

プログラム(予定):
13:00-13:10 開会挨拶,趣旨説明,委員会経緯 上田尚史(関西大学)
13:10-13:50 特別講演 櫻井英行(清水建設)
演題:土木のCAEを惟う
−補完・コンクリート工学V59-11随筆「食べてみなけりゃ分からない」−
13:50-15:10 委員会報告
構造シミュレーションにおけるV&Vの検討 坂敏秀(鹿島建設)他
RCはりの構造実験におけるばらつきの検討 小倉大季(清水建設)
耐久性シミュレーションに関するV&Vの現状 岡崎慎一郎(香川大学)
15:10-15:20 休憩
15:20-16:50 シンポジウム論文発表 6件予定
16:50-17:00 閉会挨拶 岡崎慎一郎(香川大学)

(内容および時間は,都合により変更することがありますので,あらかじめご了承ください。)

※プログラム・申込方法などの詳細はこちらをご覧ください。
https://www.jci-net.or.jp/j/events/symposium/index.html

[参考文献]
1)上田尚史・岡崎慎一郎・車谷麻緒:シミュレーションの検証と妥当性確認(V&V)に関する研究事例,コンクリート工学Vol.58, No.11, pp.904-910, 2020.
2)車谷麻緒・岡崎慎一郎・山本佳士・上田尚史・小倉大季:不確かさの定量化に向けたRCはりの一斉載荷実験,土木学会論文集A2(応用力学),Vol.75, No.2, pp.I_411-I_420, 2020
3)車谷麻緒・坂敏秀・山本佳士・上田尚史・岡崎慎一郎・小倉大季:理論式に基づく鉄筋コンクリートはりの非線形計算モデルの開発とその検証および妥当性確認,日本計算工学会論文集,No.20210020, 2021
4)車谷麻緒・小倉大季・櫻井英行:コンクリートの非線形有限要素解析に対する検証と妥当性確認の一例,日本計算工学会論文集,No.20220005, 2022

執筆者: 車谷 麻緒 (茨城大学)*1
上田 尚史 (関西大学)*2
岡崎 慎一郎(香川大学)*3

*1 情報コミュニケーション委員会 委員,コンクリート構造物の構造・耐久性シミュレーションにおける検証と妥当性確認に関する研究委員会 幹事
*2 コンクリート構造物の構造・耐久性シミュレーションにおける検証と妥当性確認に関する研究委員会 委員長
*3 コンクリート構造物の構造・耐久性シミュレーションにおける検証と妥当性確認に関する研究委員会 幹事長

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