ホーム > コンクリートについて > 月刊コンクリート技術 > 2025年8月号
鋼材腐食が生じた鉄筋コンクリート(RC)構造物の構造性能評価(構造計算)においては,実測により直接あるいは間接的に得た鋼材の腐食性状(有効断面積や腐食量)およびコンクリート表面における腐食ひび割れ性状などの空間分布情報が入力値として必要になります。しかし,鋼材の腐食性状をコンクリート表面から非破壊かつ高精度で評価可能な確立された手法は現在のところ存在せず,鋼材腐食の程度に応じて適切な調査手法を選択する必要があります。また,選定された調査箇所の鋼材腐食性状を得られたとしても離散的な情報にとどまり,それらを連続した空間分布情報に展開する手法もありません。そのため,構造計算の入力値としては,腐食量の平均値や最大値を鋼材全域に付与する場合などが見られ,実際の構造性能から乖離した出力値(性能評価)となる可能性が考えられます。
このような背景のもと,日本コンクリート工学会では,2023年に「構造性能に主眼を置いた鋼材腐食性状の診断・推定手法に関する研究委員会」を設置しました。本研究委員会では,現行の定期点検要領との接続を意識しつつ,既存RC構造物における腐食した鋼材の腐食量を時間的・空間的に推定可能とする手法の確立,またプレストレストコンクリート(PC)構造における鋼材健全性が構造性能に及ぼす影響の整理,さらにPC鋼材健全性調査手法の体系的な整理を目的として活動を行ってきました。本稿では,2年間にわたる委員会活動の概要を紹介するとともに,2025年9月に開催する委員会報告会についてご案内いたします。
※本記事に記載の情報は記事公開時点のものです。適宜,最新情報をご確認ください。
本委員会では,RC上部工における鋼材腐食が構造性能に及ぼす影響の検討,構造性能に及ぼす影響の大きい箇所での調査方法および調査手順を取り纏め,得られたデータの空間分布への拡張方法について検討するために,以下の3つのWG(RC数値解析WG,鋼材腐食量の診断手法検討WG,鋼材腐食量の空間分布評価検討WG)を設けて活動を行ってきました。さらに,PC上部工に対する鋼材腐食が構造性能に及ぼす影響についても同様に検討するため2つのWG(PC数値解析WG,PC鋼材健全性調査WG)を設けて活動を行ってきました。各WG活動の成果の一部1)-2)は,2025年のコンクリート工学年次論文集に掲載されています。
■RC数値解析WG
RC数値解析WGでは,RC構造における鋼材腐食に関する点検結果を有限要素解析に活用する方法に関して検討しました。まず,RC単体桁では最大曲げモーメントが作用する位置に鋼材腐食部位が存在すると,耐荷性状が大きく低下することがわかりました。このことから,構造物の点検においては,荷重の作用位置と大きさを意識する必要性があります。一方で,劣化が端部に集中するような場合においては,鋼材腐食が進行すると耐荷性状に影響を及ぼす可能性があることに留意が必要です。実際の構造物の維持管理において,このような場合には,いわゆる経過観察を行うことになると考えられます。したがって,点検では目視・打音に加え,劣化の進行によっては高度化・高精度化した点検手法に変更することが必要になるものと考えられます。一方で橋梁上部工のような構造物(例えばRCT桁の複数主桁橋)では,部材内部の劣化部位と隣接桁の健全部位のバランスで耐荷性状が大きく異なることがわかりました。構造物内部でひび割れや錆汁などの変状が明確に表れている場合には,点検によって鋼材腐食の状況を把握できます。しかし,例えば劣化部位の隣接において,外観が健全でも内部で鋼材腐食の劣化が起こっている場合には,構造物の状態としては安全性が低下しています。したがって,劣化部位が近接している健全部においては,非破壊試験方法の適用などの高度化・高精度化した手法によって,外観の健全性を確認することが必要になります。しかしながら,橋梁全体について万遍なく高度な点検を行うことは現実的ではありません。したがって,実際に生じている劣化をモデル化した構造解析を実施して,点検部位や手法の検討を行うことが望ましいと考えられます。
■鋼材腐食量の診断手法検討WG
鋼材腐食を生じたRC構造物の構造性能評価においては,鋼材の腐食性状の空間分布情報が入力値として必要になります。腐食情報を取得して空間分布に拡張するためには複数点の測定が必要になります。また,実際の調査において,同じRC部材内であっても,雨がかりなどの環境条件によって腐食が進行している鋼材とそうでない鋼材が混在する場合も見られることがあります。よって,非破壊試験方法を用いて複数箇所を調査し腐食リスクの高い部位を特定できれば効率的な維持管理が可能となると考えられます。しかし,鋼材の腐食性状をコンクリート表面から非破壊かつ高精度で評価可能な確立された手法は現在のところ存在せず,鋼材腐食の程度に応じて適切な調査手法を選択する必要があります。
鋼材腐食量の診断手法検討WGでは,鋼材腐食量を調査するための非破壊試験方法について,鋼材腐食調査手法の分類と選定の考え方,および測定に関するマニュアルを作成して調査時の選定フローを提案し,現存する各種非破壊試験法を共通試験体に適用した結果を報告することで,試験方法の適用範囲について考察しました。
■鋼材腐食量の空間分布評価検討WG
鋼材腐食した構造物の構造性能を精度良く評価するには,鋼材の腐食性状およびコンクリート表面における腐食ひび割れ性状などの空間分布としての情報が必要になります。鋼材腐食量の直接的な測定は構造物を損傷させることになるため,測定点数が限定されます。そのため,構造計算の入力値には,測定した鋼材腐食量の平均値や,最大腐食量を構造物全体の腐食量として採用されることが多いようです。測定により得られた鋼材腐食量を空間的情報に展開できると,鋼材腐食した構造物の構造性能評価の精度向上に繋がります。鋼材腐食量の空間分布評価検討WGでは,鋼材腐食量の空間的特性およびその不確定性を把握し,今後,構造性能評価の精度向上に役立てるための検討を行うことにしました。検討では,地盤工学分野の実務で活用されている空間分布手法(ガウス過程回帰)を用いて鋼材腐食量の空間分布推定および空間的特性について検討しました。その結果,ガウス過程回帰は鋼材腐食量の空間分布推定にも適用可能であること,鋼材腐食量の空間相関範囲は限定的であることが確認されました。なお,鋼材腐食量の測定は,構造物の損傷を伴うため空間的情報に展開できるだけの情報を得ることは困難であることを踏まえ,コンクリート表面の腐食ひび割れ幅より鋼材腐食量の空間分布を推定する方法について事例検討および文献調査を行いました。ガウス過程回帰手法を用いて事例検討をしたところ,両者の相関性が高い場合には腐食ひび割れ幅から鋼材腐食量の分布傾向を定量的に推定できることを確認しました。文献調査では,画像解析技術とFEM解析を組み合わせて,機械学習のアルゴリズムを利用した高度な空間分布推定技術が提案されており,それらの知見の収集を図りました。
■PC数値解析WG
既設PC構造では,PC鋼材の曲上げ部(偏向部)にグラウト未充填箇所が生じている場合,上縁定着部からシース内に水が進入することなどにより,PC鋼材の劣化が促進する可能性があります。さらに,劣化したPC桁を有する橋梁では,PC鋼材の健全性が単一の桁における耐荷性能に及ぼす影響と主桁本数が複数かつ横桁とともに荷重に抵抗する構造全体系の耐荷性能に及ぼす影響が異なる可能性も考えられます。このような観点から,PC数値解析WGでは,点検重点箇所の選定に資する情報を整理することを目的として,44年間供用された道路橋の主桁および多主桁橋を対象とした三次元有限要素解析を実施しました。単一の桁を対象とした解析では,支間中央部においてPC鋼材が劣化したケースとグラウトの未充填が生じる可能性の高い曲上げ部のPC鋼材が劣化したケースに関する知見を整理しています。曲上げ部のPC鋼材が劣化したケースについては,大局的な影響を把握する観点からPC鋼材の破断箇所においてプレストレス力が消失する極端なケースを対象とするとともに,PC鋼材とコンクリート間における付着の回復区間や支点付近の載荷点位置の変化を考慮した解析の内容についても取り扱いました。多主桁橋を対象とした解析では,支間中央部および支間1/4点のPC鋼材が破断した桁を有するケースを対象とすることで点検重点箇所の選定に資する情報をとりまとめました。
■PC鋼材健全性調査WG
PC構造物の主な劣化機構は,RC構造物と同様ですが,それに加えてPC構造物特有の劣化現象としてPC鋼材とグラウトに関するものおよび定着部の損傷があげられます。特に,PC構造物においてPC鋼材は極めて重要な構成材料であり,その劣化は直接的に耐荷力の低下に繋がります。しかしながら,PC鋼材の変状は,それがコンクリート内部に設置されたシース内で進行し,その進行が外観の変状と直接結びつかない場合もあるため,劣化予測が困難な場合が多いです。したがって,PC鋼材がコンクリート内部に配置されているPC構造物は,PC鋼材の状態を直接確認することが困難であることに加え,シース,グラウトなどの構成要素がRC構造より多く,かつ鋼材にプレストレス力が導入されているため,PC鋼材の健全性評価の難易度が高いことが課題となっています。そのため,PC鋼材健全性調査WGでは,PC鋼材の健全性調査に関する手法の取りまとめ,および現状技術の体系的な整理を行いました。さらに,PCグラウト充填調査,PC鋼材破断調査,残存プレストレス量調査の各種調査技術について,実用化されている手法から研究段階の手法も含め共通実験を行い,各手法が有する測定原理,適用条件,それぞれの手法の課題,将来への展望をとりまとめました。
本研究委員会の2年間にわたる調査研究の総括として,以下の日時において報告会を開催することとなりました。ふるってご参加ください。
■「構造性能評価のための鋼材腐食性状の診断・推定手法および構造解析」に関するシンポジウム
開催日時:2025年9月5日(金) 10:00—17:00
開催方法:対面形式
開催場所:中央大学後楽園キャンパス5号館2階 5235教室(東京都文京区春日1-13-27)
※9月5日(金)から1週間の録画の見逃し配信(オンデマンド)も用意します。
プログラム(予定):
10:00—10:05 開会挨拶・趣旨説明
10:05—10:15 設立趣旨・全体概要
10:15—10:35 WG活動報告1(数値解析に基づく鋼材腐食したRC上部工における耐力評価WG)
10:35—11:05 WG活動報告2(鉄筋腐食における非破壊調査WG)
11:05—11:35 WG活動報告3(鋼材腐食量の空間分布評価WG)
11:35—12:05 WG活動報告4(数値解析に基づく鋼材腐食したPCT桁橋における耐力評価および鋼材健全性調査WG)
12:05—12:15 委員会報告総括・質疑応答
12:15—13:30 <昼食>
13:30—15:00 シンポジウム論文発表(その1)
15:00—15:10 <休憩>
15:10—16:40 シンポジウム論文発表(その2)
16:40—16:50 シンポジウム全体質疑
16:50—17:00 総括および閉会挨拶
(内容および時間は,都合により変更することがありますので,あらかじめご了承ください。)
※プログラム・申込方法などの詳細はこちらをご覧ください。
https://www.jci-net.or.jp/j/events/symposium/index.html
※1 構造性能に主眼を置いた鋼材腐食性状の診断・推定手法に関する研究委員会 委員長
※2 同上 幹事